「人」がトップに立って民意を汲める社会はすでに終わっている。今、どこでイノベーションが起きているかといえば、たとえば初音ミク関連のコンテンツだ。誰も一銭の特にもならないのに、無私無欲で、初音ミクをプロデュースして、その作品を動画サイトに供給し、それがさかんにもてはやされる。
「人」がトップに立つ政治はもうダメだ。なぜなら「人」はこのネット社会においては、一人の人が、大勢の人の気持ちを受け入れるキャパシティを越えているからだ。ならば、初音ミクというキャラクタを政治のトップに持ってくるのだ。そうすれば、ぽかっと開かれた初音ミクという祭壇に、日本の多くの名無しクオリティのプロデュースパワーが注ぎ込まれ、日本は活性化するのではないか。
負け組板を見てると失敗する人生のパターンがものすごい勢いで具体的に特定されていっているのが解る。一言で言うと「人に迷惑をかけることを過剰に恐れるあまり手も足も出なくなった生き方」だ。そしてそれが何に起因するかは大体予想が付く。これは後からのリカバーが非常に難しい。
体育会系の人は時たま精神論や根性論語るけど、精神論や根性で何とかなるんだったら大日本帝国負けてないだろ
ではなぜ、減額になったのか。実は実質的に減額にはなっていないのです。未来館の運営には、もうひとつ別の法人が下請けに入っているのですが、これがコスト増になっている上に、下請け法人の人事権が毛利館長にはなく、最適配置ができない。別法人があれば、その法人の役員報酬や管理コストが発生して、二重コストに成り、これがムダの温床になる。そこで、この二重構造を廃止、官庁直下に一括すれば、コストは削減でき、毛利館長はコントロール権を手に入れることができる。 実は、この二重構造の問題は3年前から毛利館長が文科省に訴えていたのに、変更できなかったのです。もともとは自民党政権が「民間に仕事を任せる」という方針をだし、その一環でまる投げされていた管理運営でした。結局、これがムダの温床になっていたことが明らかになり、今回、ここの是正を指摘して、減額、というのが仕分けの結論です。